味惑の食う間

"味惑の食う間"体験シリーズ―7/食事処 アナログ:信頼のコミュニケーションによる魚の定食屋:設計:印牧洋介/印牧洋介設計)

8月初めの週末、坂茂事務所出身の建築家・印牧洋介さんが設計した話題の(?)魚の定食屋「食事処 アナログ」を調布に訪ねた。彼の口からだと、知る人ぞ知るお店らしい。調布東口からちょっと歩くと、旧甲州街道沿いに2軒の木造2階建て住宅が寄り添って建っている。全く同じファサードで、歩道に立つ街灯を中心に左右対称形で面白い。
魚の定食屋「食事処 アナログ」の建物は、今から45年ほど前に建てられた2棟の左側の1階にある。入り口は2段ほど上がって店に入るが、車椅子のお客さんのために3連引き戸にする気の遣いようだ。入口の階段の脇に古い江戸長火鉢が置いてありレトロ感を滲ませている。
30年間経っても古びない空間がクライアントからの要望だった。印牧さんの解は、スタイルをつくらないこと。時流のスタイルは古くなるからだ。この建物に散見される昭和レトロのエレメントを、種々の操作で抜きだし、そしてこれまた複雑な手法でそれらの新旧のアーティキュレイションが一致しない状態を創り出してスタイルからの離脱を試みた。といっても店に行って説明を聞かないと分かりませんよ。
内部は奥に向けて細長く狭い空間で、中央をカウンターが走り、キッチン側と客席側を分けている。特に目についたのは、カウンターが入口側に伸びてきて急に客席側へ3角形に突出しているデザイン。カッコイイと思っていると、このキッチン側には流しがありまな板を置き、客に対面しながらお刺身を切ったり盛り付けたりできる機能的デザイン。「Form Follows Function」(機能は形態に従う)と、ルイス・サリヴァンはいみじくも言った。魚をさばくのは壁側により大きなさばき台がある。板前ひとりで煮魚・焼き魚・刺身を出来るように、印牧さんは超機能的板前単独空間を考案した。
汗だくで切り盛りする大男の板前・松井俊介さんは吉祥寺の居酒屋「鮮魚屋」(吉祥寺通り)で6年間修行をしていた人。だがその前の水産大学時代にもここで2年半ほどバイトをした。印牧さんに言わせると、”青春時代から魚屋”で都合8年半のベテラン。吉祥寺に住んでいる印牧さんはその店で知り合ったようだ。8年半ほどの修行で魚のすべてをマスターした松井さんは晴れて独立。そこで印牧さんと新しい店の場所を探し、行き着いたのが調布のここだった。彼は毎日朝7時には川崎の市場で仕入れだ。
店は18時開店なのに18時過ぎに入るとカウンター席しかない店内は、一番暑い入口側の2席しか空いてなかった。僕は一番端の3連引き戸の横に座った。ここからだと店内が右方向に一望のできる、と言っても極小空間なのだが。さてビールを飲もうということで、印牧さんの勧めでハートランド・ビール。すると印牧さんがやおら立ち上がって奥の方へ。2階への階段下に冷蔵庫が置いてあり、そこからビールを取り出し壁に付いているオープナーで開けて持ってきたではないか!
つまり板前ひとりで切り盛りするために、印牧さんは冷蔵庫を客席側において客に自由に取らせるセルフサービスとし、板前にひとこと言って客が飲み物を勝手に出すシステム。それを松井さんはみんな記憶してしまうのだ。日本酒などの場合は、お客さんがお客さんに注いでくれる場合もある。ここでは信頼のコミュニケーションが成り立っている!さてハートランド・ビールは懐かしい!僕は北山恒などワークショップの3人組が、昔六本木に穴倉のようなハートランドのバーをデザインした話をひとしきり話しながら、冷たいビールで喉を潤した。
すぐ出てくるツマミということで、卯の花、ナス&シシトウの中華マリネ、それにカレイの唐揚げ甘酢漬けを注文。ビールを2本ほどやりながら、印牧さんの履歴をほじくり出した。彼は早稲田の古谷研究室からレンゾ・ピアノ財団のスカラシップに受かるという秀才。イタリアで大学時代からの研究テーマのカルロ・スカルパをたくさん見学。また安藤忠雄の「プンタ・デラ・ドガーナ」を痛く気に入り、安藤忠雄事務所に入所して「大山崎山荘美術館」、「神戸コロッケ元町店」等を担当。その後坂茂事務所に入所して「大分県立美術館」を担当し、3年後に独立して吉祥寺で印牧洋介設計主宰。印牧さんの略歴は、古谷研究室→レンゾ・ピアノ財団スカラシップ→安藤事務所→坂茂事務所といい感じだ!僕も今まで彼とはハモニカ横丁で飲むだけで知らなかった!
やがてハチビキという珍しい魚の刺身とカツオの刺身が出てきたので、新潟の銘酒・雪男という僕も初めてのお酒にチャレンジ。これがうまい超辛口でビックリ!余りのからさに広島の賀茂金秀に変更してホッとひと息。ここで脂の乗った銀ムツ煮付けが出てきて、賀茂金秀とはバッチリの相性。すると料理場の壁面がタイル貼りなので聞くと、新しく見えたタイルは当初のもので、目地を金色に光るように変えていると細部への拘りを披露してくれた。
天井も狭いのに料理場側は天井を張っているが、客席側は張らずに構造を見せている。それも木造の梁をグレーに吹き付けてRC造に見せて僕を騙すなど憎い。先ほどのタイルも僕たちが座っているカウンターの小口側にも貼るという細やかさ。それも貼るのではなくカウンターに埋め込んでタイルの厚さを微塵も見せない凝りよう。ここで甘鯛の粕漬け焼きが出てきた!そこで趣向を変えて、薄濁り酒でスパークリングの三重錦を頂いた。爽やかで焼き甘鯛にピッタリ!うめー!
客席がいっぱいなのに後から入って来た2名の客がいないと思って聞くと、店を通り抜けて裏庭でやっていると、印牧さん。これは最初から考えていた商法ではないが、ある時来た客が勝手にやり出したことで、今では当たり前になっている。最後にご飯とアサリ汁、漬物が出た。黒ムツの煮汁を掛けて食べると美味しいというのでやると、これがうめー!これだけ飲み食いして、本当か2人で6,500円!板前さんの記憶大丈夫かなと、心配しいしい僕たちは吉祥寺に戻った。
といっても直ぐは帰宅しないのが吉祥寺派。ハモニカでジャック・ダニエルのハイボールを3杯ずつ引っ掛けて、週末の酔っ払いインタビューに幕を降ろした。印牧さんは駅を越えて井の頭公園の向こう側なので駅前で別れた。彼が駅に消えると、僕は駅前のハモニカ・ポヨに入って赤ワイン!週末は遅くまでやっているし、仲間が大勢いるので2、3杯引っ掛けて帰宅。仕事だったが楽しい週末だった!


建物正面に立つ印牧さん


入口の江戸長火鉢


僕たちはカウンターが3角形に出たところに着席


3角形部分で刺身を切る松井さん


平面オープナーでビールを開ける建築家


最初の料理


安藤忠雄のプンタ・デラ・ドガーナ


坂茂の大分県立美術館


ハチビキという珍しい魚の刺身


超ドライな雪男


脂の乗った銀むつの煮付け


この天井構造デザインを理解するのは難しい


甘鯛の粕漬け焼き


裏庭でやっているお客さん


最後にまた乾杯!

"味惑の食う間"体験シリーズ―7/コンチェルト:ハイソな街に潜むイタリアン・オアシス:設計:久保秀朗 + 都島有美/久保都島建築設計事務所)

暮れも押し迫った17日木曜日、何年振りかで代々木上原駅に降りた。駅前の店は師走のざわめきに満ちて華やいでいる。「味惑の食う間」で久保都島建築設計事務所設計のイタリアン・レストラン「コンチェルト」を取材することになっていた。「コンチェルト」は井の頭通り面しており、ハイソ(?)な代々木上原コミュニティにはナイスフィットの飲食スポットと聞く。
エントランスに近づくと地下への階段が見えた。ステップの壁際にワインの空き瓶が並んでおり、かわいいエントランス・デコレーションになっている。入ると右手のスペースで案の定近所の年配連中と思しきおじさんたちが7〜8名でやっている。飲み屋じゃなくてこんな洒落た都会のオアシスのようなところで飲み会とは、さすがは代々木上原と納得!
店内を見回わすと設計者の久保さん、都島さんはまだ来てない。時間を間違えて僕が早く来てしまったようだ。それで店内の写真を撮り始める。入口側から見ると空間全体が奥に向かって収束して行くように細くなっているので、パースペクティブが非常に効いているのだ。その奥の方に向けて幅広のカウンターがズーッと延びて、ますますパースが効く。
奥へ行くと店長らしき人がカウンターの一番奥に席を用意してくれていた。今度は店の一番奥から入口方向を見ると、カウンターの先にガラス張りのドアが見える。しかし例のおじさんたちは少ししか見えない。というのはここは地下なので、窓が開いたような感じの構造壁が中央にあり、その袖壁の陰に隠れているからなのだ。
やがて奥様の都島有美さんが先に出現。ご主人の久保秀朗さんは打合せでちょっと遅れるとのこと。僕は彼女が中村拓志さんの事務所にいた時から知っているので、いろいろ四方山話をしていると、やがて久保さんが登場。「仕事が多すぎるのでは?」と聞くと、「とんでもない。偶然またイタリアン・レストランの設計なんです」。となると「コンチェルト」の人気のせいかなと僕は期待してしまった。
久保さんにオーナーを紹介してもらった。井口さんは野球部で体力を鍛えてキッチンはひとりで切り回し、ソムリエを雇っている。久保さんとは小学校からの予備校までの友達だったが、井口さんはアロマ・フレスカへ修行に。久保さんは東大へ。ふたりは「将来お互いに独立してガンバロウ!」と、青雲の志を抱いてそれぞれの道を歩み始めた。井口さんはその後アーリア・ディ・タクボでも修行。
やがて独立の機運が高まると、設計は当然久保さんが担当で、2人でイタリアン・レストランを渉猟する日々が続き、物件は代々木上原に良いところを見つけた。赤ワインをやりながらこの辺りまで聞いていると、スタートに出てきたのが「蝦夷鹿のパテ」!真冬のこの時期に赤ワインでジビエなんて最高!旨くて仕事を忘れそう!
久保さんが達者なのは、窓もない地下の空間をどうのようにして居心地の良いレストランにしたかだ。先述した構造フレーム壁を窓と見たてて空間を2分する結界とし、そこに長いカウンターを通して先細り空間をさらにパースを効かせて、奥行きのある広い空間に見せる巧みさ。ミケランジェロのパースペクティブの使い方も参考にしたという。
カウンターの内側は構造フレーム壁より奥側はキッチンとなっており、井口さんは奥側に席を取った僕たちと話ながら料理をつくっている。オープンなキッチンにして気さくな感じを狙ったようだ。すると「北海道産カスベ(エイヒレ)のクリームコロッケ」が出てきた。エイヒレは飲み屋で焼いた物しか食べたことがない。菊芋を使った健康的で美味な一品だ!
僕はここで食べるイタリアンは普段のそれとは違うことに気が付いた。ここでは和風のテイストが入っている。そうアーリア・ディ・タクボで修行しただけあって和風の高級食材を使用しているのだ。次なる「花びら茸のスパゲッティ」は超絶物だった!花びら茸のシャキシャキ感が抜群!そこで僕が「旨い!」を連発すると、井口さんでなく都島さんが説明してくれた。「三年連続でミッシュランのビブ・グルマン賞にノミネートされたんですよ」。むべなるかな!
地下という条件的に厳しい空間の改修のコツは、増築というより減築だと久保さんは言う。以前の中華レストランの低い天井を外し、特に入口側のそれは切妻形にして天井高をとっている。難しかったのは設備系で、いろいろある設備機器の納め方だったようだ。落ち着いた焦茶色のコリアン(人造大理石)製カウンターに、メインの「千葉産豚+粒マスタードのステーキ」が出てきた。柔らかなステーキは当然赤ワインと抜群の相性で満腹!
久保さんと都島さんの出会いはベルギーへ留学時で、久保さんはセント・ルーカス大学ゲント校、都島さんは同ブリュッセル校。すでにその時から将来は設計事務所を一緒にやろうと誓ったという。久保さんは帰国して吉村靖孝さんの事務所で修行。都島さんは中村拓志さんの事務所で修行。数年前事務所を立ち上げ、今年(2015)吉祥寺駅前に引っ越して来た。僕の事務所から1分の近所で、偶然出会った日は2回も出会ってしまった。その後ふたりを特集している『KJ』を頂いて「コンチェルト」を知るに及んだ次第だ。
「コンチェルト」とは「協奏曲」のこと。客とコック、空間と料理など全てが協奏する空間だ。締めの甘いデザートを避けた僕と久保さんは、シングルモルトのグレンモーレンジのオン・ザ・ロックス、都島さんはデザートを堪能して、寒くなった師走の代々木上原を後にした。


井の頭通りに面した入口


ワイン・ボトルを使用した「コンチェルト」の看板


地下への階段はワイン・ボトルでデコレーション


入るとパースペクティブの効いた空間が展開。左はオーナーの井口さん


奥側から入口方向を見る。おじさんたちが少し見える


久保さん登場


蝦夷鹿のパテという洒落たジビエでスタート


構造フレーム壁の左側はソムリエの、右側はコックの領域


井口さんはニコニコしながら料理をつくる


北海道産カスベのクリームコロッケはホッコリ


花びら茸のスパゲッティは超絶物


千葉産豚+粒マスタードのステーキはワインとバッチリ


乾杯の写真を忘れていたのでデザート時に!


締めはシングルモルトのグレンモーレンジ

"味惑の食う間"体験シリーズ―6/ブランドゥース:粋を凝らしたバック・バー:三菱地所設計/設計:竹田あゆみ/Space Beans)

冷たい冬の夕暮れの街。週末の雑踏と喧騒の中、久しぶりに新宿西口を出て小滝橋方面へ歩いた。目指す「ブランドゥース」は小滝橋交差点から数分の、青梅街道に近い裏道沿いの角にある。1階に商店がある古いビルの6階全域を使用している。狭くて遅いエレベータで上がると、入口ドアの脇に可愛げなフロア・ライトがある。
ほぼスクエア・プランで正面にカウンターが左右いっぱいに延びている。左側にグループ用の小部屋があり、覗き込めるような開口部がある。手前のスペースには幾つかのテーブル席があり、客構成によりフレキシブルに対応できる。バー全体では25席ほどがある。
竹田さんはカウンターの左手に座ってモクモクと煙を立てていた。「やぁ!」と言って、彼女の横に着席。早速バーテンダー兼経営者の李さんを紹介してくれた。彼は茨城県で育った在日3世で、韓国語はできないし韓国にも行ったことがないという。まだ30数歳。スリムで若々しい。余りにも声がいいので、「カラオケ上手でしょう?」と聞くと、「好きです!」。
さて一杯目はということになり、竹田さんの勧めで定番の生ビールとなったが、これが只者でなかった! ガージェリー・ビール。僕は初めてだった。出てきたグラスがガラスの小さなキューブにささっている。一杯目を飲んでグラスをカウンターの任意の場所に置こうとしても置けない。グラスの底部が平らでないからだ。このキューブが古代から使用されてきた杯の原型リュトン(角杯)。酔っ払った人がビールをこぼしたケースはと聞くと、皆無だという。
つまみはバーテンダーお勧めのフライドポテトだがこれも只者でなかった。アメリカ南部のケイジャンというスパイスを絡めて揚げたクリスピーな逸品。これは止まらない!「竹田さんと李さんの出会いは?」と聞くと、彼女が初めて設計したバー「アーガイル」で13年勤務していたのが李さんだった。
時至り2013年の暮れに李さんが独立し、李さんと相談しながら昨年の5月に完成させたのが「ブランドゥース」。人柄の良い李さんに惚れ込んだ竹田さんは、彼の性格を反映させたソフトな雰囲気やムードを大切にして完成に至った。因みに李さんによれば、ナチュラル感を出してちょっとごちゃごちゃしている感じを狙った。英語のblandとフランス語の douce(共に柔らかい、穏やかなの意味)を選び、前者のdを削除し、後者のdを大文字にして2語をくっつけてフランス語風に「blanDouce(ブランドゥース)」とした。
広さ17坪ほどのバーは、5月に完成した割にはちょっと使い込んだような落ち着いた雰囲気が印象的だった。そんなムードを出すための竹田さんの秘策は凝っている。バー空間の要、カウンターは長さ4.6mもある1枚物のアサメラ。別名アフリカン・チーク。遥か西アフリカの象牙海岸、ガーナ、ザイールなどから来たアサメラは、エキゾティックな感触で木目が美しくお酒がグイグイ進む!
さらにバーの顔となるバック・バーの素晴らしさ!樽材の棚板が左右いっぱいに延びて、ワイドに展開する無数のボトル群が男の飲み心を刺激する!その棚板をよく見るとRがついて、上端が棚板より少し高くなって瓶の落下を防いでいる。微に入り細を穿ったデザインはよく見ないと分からない。彼女はこうした手の込んだ職人的ディテールが好きだという。
竹田さんはビールの後は白州のハイボールに行くというので、僕も後から従った。料理は骨付き鴨のもも肉とキノコのコンフィが出て、赤ワインに切り替えた。女性っぽいピンク・ラベルのボージョレー・ヌーボーは前日が解禁日。鴨とキノコの旨味が凝縮したコンフィにバッチリ。
いい気分になってきてカウンターから振り返って客席側を見ると、竹田さんがセレクトし丹精込めてデザインしたエレメントが目に入ってきた。天井の梁や入口両脇の柱が古材のように見えた。これはグレイウッドで、アメリカの自然環境で風化して古色蒼然としたテクスチャーがたまらない。床はオーク(ナラ)の樽材。使い込んだような落ち着きがある。
次は魚ということで、フィッシュ・アンド・チップスを頼んだ。これはナマズを使ったアメリカ南部のF&Cで、衣にコーンの粉を加えて揚げたもの。これをタルタルソースにつけると旨さ倍増!ここの料理はバー&キッチンというだけあって超ウマ!最後にご飯となり、昔々スペイン人がアメリカ南部でパエリアを食べようとして出来上がったジャンバラヤ。ここでは玄米でつくっておりうまかった。この他にももち麦リゾットも食べた。イタリアンの店で10年修業したシェフはさすがに違う。
使用されている材料で最も目立つのが、テーブル席背後の壁面に使用されている琉球石灰岩だ。フラットな岩と表情があるものをまぜてあり、象牙色の壁面全体がソフトでナチュラルな印象だ。またウォールナット材の椅子は背もたれが極端に低いデザインで、これにより空間を広く見せているのはいいアイディアだ。視線をバー・カウンターに向けた時に、カウンター・トップの水平線を遮らないのと、それに合わせてバック・バーの棚板が水平に通っているのは、さすがバー設計歴12件の手だれであった。
竹田さんは仕立て屋の娘さん。布をさわって分かるように物のテクスチュアを大事にする。その彼女はアントニオ・ガウディとアルヴァロ・シザとの同じ誕生日で、これらの巨匠が大好き。彼女によればガウディをシンプルにしたのがシザ。で僕にシザに会いたいので、ポルトガル・ツアーをやって欲しい。と言いつつワインを変えた。李さんが出したのはカステルヴェッキョという重いワイン。えっ、カルロ・スカルパじゃない!お酒と建築の巨匠の話が混じってしまった!
居心地のいい空間に時が流れて3時間半。ネオンが眩しい新宿駅近くの思い出横丁で1杯だけの2次会。物干し台のような木製のテラスで寒さをこらえて頭上に広がるネオンの点滅を見た。11月21日の夜でした。


可愛げなライトのある入口回り


カウンターのラインとバック・バーの棚板が水平に伸びている素晴らしさ


入口側には切妻形の垂れ壁が結界となっている


モクモクと煙を上げていた竹田さんとバーテンダーの李さん


ガージェリーのビール・グラスをもつ竹田さん。下のキューブがリュトン


ケイジャン・フライドポテトはクリスピーな一品


アサメラのカウンター・トップ


Rのついた棚板のエッジがせり上がってボトルの落下を防ぐ


鴨とキノコの旨味が凝縮したコンフィ


ワインで竹田さんと乾杯!


フィッシュ&チップスはタルタルソースで旨さ倍増


梁はグレイウッドで壁は琉球石灰岩


竹田さんの好きなガウディとシザ


寒い思い出横丁の物干し台テラス

"味惑の食う間"体験シリーズ―5/Cafe 1894:様式建築の精華・三菱一号館内の豪華カフェ/ 設計:三菱地所設計)

ジョサイア・コンドル設計の「三菱一号館」といえば、辰野金吾設計の「旧東京駅(旧東京中央停車場)」と同様、建築界では知らない人はいないくらい著名な建築である。しかもコンドルは、東京大学の前身である工部大学校の造家学科で、その辰野金吾をはじめ、片山東熊(現赤坂迎賓館を設計)、曾根達蔵(慶應義塾大学図書館を設計)、佐立七次郎(日本株式取引所を設計)といった日本近代建築の発展に寄与した錚々たる建築家を育てた教育者でもあった。
コンドルはロンドン出身のイギリス人建築家で、「鹿鳴館」、「ニコライ堂」(実施設計)、「岩崎弥之助邸」なども設計した日本建築発展の礎を築いた重要な建築家だった。しかも日本文化にぞっこんで、絵画を河鍋暁斎に学び暁英の画号を受けた粋人であった。日本女性と結婚し、日本で生涯を終えた。
僕がここを初めて知ったのは、2月末に三菱地所設計で講演をした折、終了後大内(政男)社長をはじめ関係者による懇親会を、「Cafe 1894」でしていただいた時だった。その時「Cafe 1894」を、ホームページで連載している「食う間シリーズ」で紹介したいと申し込んだ。関係者の方々もそれは面白いということで、野村部長が担当で彼にインタビューして欲しいということであった。
クィーン・アン様式の「三菱一号館」は1968年に一度取り壊され、2006年に再建された。そのデザイン・チーフとして陣頭指揮を取ったのが、三菱地所設計の野村和宣氏だった。「Cafe 1894」はかつての三菱合資会社銀行部(のちの三菱銀行)の営業室であり、そのつくりがそのまま活かされているのが豪華で素晴らしい。インタビュー当日の夕方6時頃は降りしきる雨が強く、野村部長は大丈夫かなと、早めに着いた僕は気掛かりだった。
この「食う間シリーズ」で僕がインタビューしてきたのは全てアトリエ派の建築家で、今回のように大手設計事務所の建築家は初めてであった。それで内心気掛かりだったのは、余りに組織にがんじがらめにされている人だと、堅物で面白い話が引き出せない気がしていたのだ。やがて雨に濡れて現れた野村さんを見て、思ったより若い人なので驚いた。というのはこのような様式建築の再建や復元などに関わる建築家は、当然年配の方と想像していたからだ。
「Cafe 1894」は昔の銀行の立派な営業カウンターがあり、その向こう側の営業室だったところがカフェになっている。10数メートルもある高い吹抜け空間の2階レベルには回廊があり、高窓のメンテナンスと1,2階の連絡用に使用された。デッチが回廊にいて、1階の情報を2階に伝えていたと言われている。僕の生涯で、こんなに豪華でリッチな空間で食事をすることはまずないなぁと思いながら野村さんと席に着いた。
最初は店長の玉井拓志さんに、料理の話も聞きたかったので3人で話した。彼によれば、建物の設計がイギリス人のジョサイア・コンドルだったので、料理もイギリス系にしてあるという。おっとイギリス料理というと、味が薄くてまずいという定評なので心配になった。代表格のフィッシュ&チップスやローストビーフなどは僕も知っている。
玉井店長によれば、ガストロパブをイメージした店づくり。売れ筋No.1はラム肉を使用しているシェパーズ・パイ。最初はフィッシュ&チップスからスタート。これで野村さんは生ビール、僕はハイボールを頂いた。野村さん曰く「フィッシュはイギリスの方が全然デカイ!」。普通は鱈を使用するが、ここでは鯛を使用する贅沢さ。これは熱くてうまかった!次にシェパーズ・パイをワインに切り替えて頂いた。これは確かに頬っぺたが落ちそう!女性客が多いのも頷ける。サラダもいただき、メインにローストビーフとなった。熱いグレービー・ソースでバッチリ!「Cafe 1894」のイギリス料理は、長年の僕の偏見を覆した。イギリス料理はうまいんだ!
野村さんによれば厨房はなく後からつけたので、換気量が少なくヘビーな料理はできないようだ。だがインテリアは面白い。例えば営業室のカウンターも以前通りに復元したので、ガス灯だったライトの丸いシェードの上部がカットされているのだ。シェードの下にはガスのコックまで復元している手の込みようだ。
「三菱一号館」は、根拠となる史料に基づいて煉瓦組積造を当初のままに忠実に復元し、その上で美術館として必要となる設備を新たにわかるように付加している。しかし野村さんが一番難しく感じたのは、用途として美術館を入れたことだという。木造屋根のために、美術館の防火・防湿などの処理。新規にレンガ230万個を中国で製作。さらに建物が棟割長屋なので水平方向の動線がなく、その連続性をつくるのが大変だった。だがコンドルは深謀遠慮。素晴らしい アイディアを残していた!彼は後世棟割をつなげられるように随所にアーチ形のニッチをつくっていた。野村さんはその部分の壁を抜いて水平動線を確保したという。彼の「クラッシック・カーにF1のエンジンを積んで安全に走らせるのと同等」とは、けだし名言だった。
野村さんは東京工業大学の出身で、みかんぐみの竹内(昌義)さんや曽我部(昌史)さんと同期。東工大の平井聖研究室で日本建築史を専攻。それもあって三菱地所設計部で、この重要な建築プロジェクトに抜擢されたようだ。因みに彼が担当した作品は「日本工業倶楽部会館保存計画」「三菱一号館復元計画」「JPタワー保存棟計画(旧東京中央郵便局舎)」「GINZA KABUKIZA(歌舞伎座・歌舞伎座タワー)」など、いずれも歴史的建造物がらみのプロジェクトが多い。
彼は個人的には野村万訪の名前でサイト「集落町並みwalker」を続けており、その方面のオーソリティといっても過言でない。微に入り細を穿った情報をネットでご覧あれ!さらに7月21日には『生まれ変わる歴史的建造物』http://pub.nikkan.co.jp/books/detail/00002766)を上梓。組織事務所の逸材であることは言を待たない。


ジョサイア・コンドル


交差点の向かいから見た全景。屋根構造は木造


正面1階右手の角からふたつ目の開口部で暗い部分が「Cafe 1894」の入口


半階上がってアクセスする


エントランスを入ったロビーは混んでくると客席にもなる


ロビーからカウンター越しに客席方向を見る


野村和宣さんと店長の玉井拓志さん


野村さんと乾杯!


鯛のフィッシュ&チップス(写真が下手でフィッシュがよく見えない)


ラム肉を使用したシェパーズ・パイ


サラダもイギリス風?


かつての営業室はカフェになって混んでいる。左手奥が厨房


カフェ内部から入口方向を見る


豪華な装飾に溢れた天井デザイン


かつてのカウンター越しにカフェ内部を見る


カウンター上部のかつてのガス灯。上部がカットせされ、下側にガスのコックが見える

"味惑の食う間"体験シリーズ―4/ヴァンアドン:デザイナーたちのセンスが凝集されたワイン・バー: 設計:田井幹夫(アーキテクト・カフェ)

新宿3丁目界隈に行くことは滅多にない。しかし素晴らしい"食う間"があると聞けば、即座に馳せ参じるのが僕の役どころ。建築家・田井幹夫氏の設計によるワイン・バー「ヴァンアドン」は、末広亭の背中合わせの地下にある。シックな縦長のスリットをあしらった木製ドアを入ると、こじんまりとした内部は、狭い階段ですぐ地下へ下降する。
3月10日の夕方6時半、すでに田井さんは来ていた。お互いに「やぁ、久し振り!」と第一声!以前はTOTOの「アーキテクト訪問記」に登場していただいた。早速店主の野田義大さんに紹介してくれた。聞けば10年以上の古い付合いで、田井さんが内藤廣事務所にいた頃、飯田橋界隈でバーテンをしていた野田さんと会った。以来ふたりは青雲の志を抱いて、互いに「将来独立して頑張ろうね!」などと誓い励み合ったという。

内部はバー・カウンターを中心に、3つの個室がある。そのうちの2室はウォールナット製スリット入りのスライディング・ドアで、他の1室はカーテン仕切られている。7メートルもあるカウンターは、ふたりが新木場で選んだ高価な銘木ウェンジの無垢。着席して手を置くとテクスチュアの感触が素晴らしい。目の前のワイングラス・ラックの壁面は、かつて磯崎新が「福岡相互銀行」や「ロサンゼルス現代美術館」で使用したインド砂岩。カウンター右手奥の壁面は黒皮仕上げの鉄板と素材へのこだわりがすごい。
田井さんは「淵上さん、最初はライトな白からスタートしましょう」と、奥様がワイン関係の仕事をしているのでワインにも詳しい。山出しの僕などは、日頃安いワインをガブ飲みしているから、通人に従うのが得策だ。実は「ヴァンアドン」の小さなドアを見過ごして、末広亭があるブロックを2回もぐるぐる回って喉が渇いていたので、「シュナン・ブラン」の最初の一杯のうまいこと!僕は「シュヴァル・ブラン」と聞こえてギョッとした!昔青山でジャン・ヌーヴェルと飲んだこのフランスの白ワインは1本10万円だったからだ。野田店主は「ここでは8万5千円で出します!」 この店はいい建材を使用しているだけでなく、いいデザイナーを使用しているのが売りだ。田井さんは仲間のデザイナーに、この店に合うようそれぞれの個性を発揮してもらい、全体として統一の取れたインテグレーションを目指した。集まったのは真田十勇士ならぬ、田井五勇士。建築家の田井さんの他に、テキスタイルの安東陽子、家具コーディネートの藤森泰司、照明コーディネートの岡安泉、グラフィック・デザイナーの須山悠里の各氏。

田井さんは飲食空間は機能的にピュアなので、素材のマリアージュ的なデザインをドーンと押し込んだ濃密な空間を意図した。だが施主からは「もう少しエロくしてください」と言われたので、長年付き合ってきたデザイナーたちに、ちょっとギラッと光る照明や、ルージュのジュータンなどのトッピングをお願いした。

「それではオードブルでも行きますか!」と田井さんがオーダーしたのは、砂肝のコンフィ+インカの目覚めのタルタル、鶏白レバーのムース、生ハム+モッツァレラ+トマトのサラダ仕立て、蟹味噌のムース(僕の大嫌いなカニ!)、ゴルゴンゾーラ+カボチャのキッシュ。大皿で出て来た豪華な布陣のオードブルは、カニ以外抜群のうまさ!「ハモニカ横丁とは随分違うなぁー!」
美味しいのでふたりであっという間に終わると、田井さんはすかさず肉料理をオーダー。ビゴール豚というピレネー山脈あたりのブーちゃんらしい。イベリコ豚ならハモニカにもあって知っているが、これはビーフに似たテイスト。ワインはブルゴーニュ・ルージュ。ソフトでグイグイいける。これらのアンサンブルは絶妙だった!

田井さんは住宅づくりが達者で、僕も数件のオープンハウスを見学した。時流に捉われないスタイルで、木を多用して外部に開き、居住アメニティー抜群の住宅をつくる。だから老若を問わないファンが多い。以前のインタビュー時には50件くらいだった住宅作品が、今では70件を越したようだ。さらに集合住宅や歯医者なども受注して、徐々に活動領域を拡大しつつある。
そうこうしていると田井五勇士の精鋭が登場した。最初は藤森泰司さん、次に安東陽子さん。4人になったのでカウンターから奥の個室に移った。安東さんは一番奥にある個室のカーテンをデザイン。半透明のテクスチュアで光が当たると怪しげな光輝を放つ茶系のカーテン。さらに個室のルージュのジュータンも彼女の選定だ。藤森さんは個室やカウンターの椅子のコーディネート。個室のそれはあぐらもかける優れもの。
岡安さんと須山さんは仕事で欠席だった。岡安さんはカウンター上部のペンダントや、その他のダウンライトをコーディネート。須山さんはサインやグラフィックを担当。小さな店のわりには各分野のデザイナーの協力を仰いだ「ヴァンアドン」は、デザイン志向の贅沢な”食う間”だ。全体が低い天井で20坪なのに広い感じがするのは、長方形の中に違う角度を入れて広く見せるテクニックだ。田井さんは対角線的に長いカウンターを入れてパースを効かせた。個室も長手方向の両側にあるので遠い感じがするのだ。

さて4人で四方山話をしているとワインはサヴィニーレ・ヴォーヌのボトルとなり、ベーコンと菜の花のペペロンチーノ、野菜のグリルを注文。僕は昨年安東事務所で開催されたニール・ディナーリの来日記念パーティで、安東さんと岡安さんと知り合った。その時の出張寿司屋が大人気だった話で盛り上がった。砂肝のコンフィが美味しかったので再オーダー。ワインもヴィッラ・ドノラティコ・ボルゲリのボトルに移った。締めに頼んだゴルゴンゾーラ・ペンネが超うまであった。
安東さんが出張帰りで帰宅したあと、野郎連中は近場の陶玄房で2次会。焼酎2杯とやはり日本の味に回帰してしまう悲しさ。田井さんと藤森さんは以前吉祥寺の住人だった。そして近々田井五勇士とハモニカ横丁で一戦交えることになった。田井さんとはテニスもお手合わせすることも約束。味覚とデザインにうるさい連中だ。さぁどこを予約しようか、今から頭が痛い!

後日談:ハモニカでの飲み会はまずモスクワの3階テラス→ミシマ→ビンボーと続いた。「ヴァンアドン」ほどの美食体験は無理だが、安価で猥雑な雰囲気に浸って夜更けの駅前で解散!


シンプルな大谷石の壁にウォールナットのドア。


田井幹夫さんと店主の野田義大さん。昔は励ましあった仲だった


カンパーイ!田井さんと飲むのは初めてだ


ウエンジのカウンター上部に岡安泉さんコーディネートの照明がギラッと輝く


カウンター最深部の壁は黒皮仕上げの鉄板と素材へのこだわりが並ではない


白のシュナン・ブランと相性抜群のオードブル盛り合わせ


ビゴール豚はビーフのような味であった


個室に移った面々。右より藤森さん、安東さん、僕、田井さん。右がスライディング・ドアで隣室とつながる


安東さんがデザインした光の加減で透けて見える怪しげに光るカーテン


棚のドアも天井もタイル張りのトイレ。便器もタイルにして!


野菜のグリルに安東さんの悩ましい手が延びてきた!


超うまのゴルゴンゾーラ・ペンネ.うまくて手が震え写真がブレた!


田井さんはフォークでペンネを二本差刺しにしてご機嫌!こうするとウマイとは藤森発言


エントランス前で帰りがけに4人で記念撮影


後日ハモニカ横丁で再会。安東さん急用で建築家・佐野ももさんが登場。皆よく飲んだ!

"味惑の食う間"体験シリーズ―3/金沢・片町のレストランtawara: 空間の発見・創造・実践の場/改修: 小津誠一(E.N.N./studio KOZ)

初めての金沢が冬紀行となった。時期的に味覚の宝庫という評判であったからだ。だがそれは僕の嫌いなカニが旬で、香箱蟹なる代物が絶品ということであった。それで味覚はさておき、建築紀行となった。当地在住の建築家・小津(こづ)誠一さんに金沢建築について伺った。その折彼が設計したフレンチ・ジャパニーズのレストラン「tawara」を、「味惑の食う間」体験シリーズで取材することになった。

小津さんは京都精華大学建築学科の教授である新井清一氏の事務所で修行を積んだ。僕も旧知の新井さんはサイアーク(SCI-Arc=南カリフォルニア建築大学)出身でトム・メインのモーフォシスで修行した建築家だ。小津さんもサイアークに留学したかったようだが、新井氏の事務所に入所したために、留学せずにサイアーク気風を植え込まれた。
小津さんは僕もよく知っている武蔵美の竹山実研究室出身。学生時代には、当時話題のプロデューサー、シーユー・チェン氏のオフィスでバイトし、インテリア・デザインや改修も体験。建築、インテリア、リノベーションなどワイドな分野をカバーするデザイン力を身につけた。
元々金沢生まれで東京で青春時代を過ごした小津さんは、東京で事務所を開設。やがて活動は故郷の金沢にも拡張。この時東京でR不動産をやっていた馬場正尊氏に相談して、金沢でR不動産を展開し始めた。R不動産とはなんだろう。
小津さんによれば、「不動産のセレクトショップです。これは普通の不動産屋が目忌避をした物件、例えば部屋は魅力ないがそこへの道程が素晴らしいとか、部屋よりベランダのほうが広いとか、家賃や面積などだけで定量化できないような物件を扱うわけです。」「RはReal Estate(不動産)のR?」「それもあるし、Renovation, Recycle, ReuseなどのRでもあるんです。」なるほど、新しい不動産のビジネス・モデルだ。
ただこの商売は小津さんや馬場さんのように、自分の所でリノベーションができないと大変だ。その点では設計やインテリア・デザインが達者な小津さん向きだ。実際彼は、「空間を発見するのが不動産。空間を創造するのが設計。空間を実践していくのが企画や経営。僕はこの3つを連動させているんです。」小津さん冴えている!この3本柱を実現させた作品のひとつが「tawara」だ。

金沢の片町。瓦屋根の古い町家が軒を連ねる一角。こじんまりとしたレストランはマンションの1階にあった。歩道と車道の間に清流があり、川沿いの欄干には瓦屋根が乗っている和風の町。1枚ガラスの大きなショー・ウインドウのような開口部から中が良く見える。小津さんの改装は、木製ドアを入った正面にテーブル席が2卓、左手にオープン・キッチンのカウンター席がL形に7〜8席の小空間。小津さんデザインのカウンター席は、寿司屋と同じようにシェフとの会話もできるし、その手さばきが見えたりして楽しい。
ワインで乾杯して最初にでてきたのが「蓮根シチュー」!最初からビックリ!料理は全てコース。既成のフレンチを壊し、フレンチXジャパニーズで行くのがここでのモットー。そこで出会ったのがフランスで修行し京都でやっていたオーナーシェフの俵さん。店を作った時は、ふたりでハードからソフトまで決め、メニューの中身まで話したようだ。
幾分和風味の方が勝っている爽やかな「蓮根シチュー」に続いて「蕪と鰤」が出た。日本酒でもいけそうな味わいだ。そして「鱈とカリフラワーのグラタン」。うまい!鰤、鱈と魚がきたので、ふと白ワインだったかなと思ったが、赤ワインでもかなりいける。その後も「白子+源助大根」「平目+ベーコンの泡+蕪」と魚系でまとめてくれたのは、小津さんが事前に僕の好き嫌いを聞き、僕の嫌いなエビ・カニ抜きにしてくれたからだ。 そして最後はフレンチ的味が優っている「ランプ・ステーキ+たわらごぼう+金時にんじん」。この時はもうお腹いっぱい!デザートは「ゴルゴンゾーラ+りんごのフラン」。ブリア・サラヴァンは「チーズのないデザートは片目の美女である」と言ったが、ここでの昼食は見事な美女となり、美味礼讃のトレビアンなエンディングとなった。

食事の途中で小津さんが建築家になった理由を聞いてみた。「小さい時から絵を描くのが好きだったこともあるが、父親が引越し好きで、その上模様替え大好きでした。引越しは金沢市内で10回以上、模様替えはしょっちゅう。何かが変わるのが好きでした。建築という言葉は知らなかったけど、その辺から空間に興味をもったのかもしれません。」
金沢にはすごいオヤジがいるものだと僕は感心!「ところが父は美大(武蔵野美術大学)に反対で、母はOKでした。でも美大に建築学科があるのが初めて分かったんです。」目出度く美大に入った小津さんは、高校時代からやっていたサッカーを続ける。そして建築家になった今は、”Aカップ”に入っている。これは阿部仁史、塚本由晴、手塚貴晴、マニュエル・タルディッツ、竹内昌義、宮本佳明など、その他多数の著名建築家サッカー・クレージー集団。
そこで面白い話が出た。小津さんは「Aカップの連中が飛行機をチャーターしてブラジルのワールド・カップを見に行き、その後南米建築ツアーをやろうという話があり、淵上さんをブラジルに招待して建築コーディネーターをお願いしたい」と思っているという。いい話だ!しかしワールド・カップの入場券と旅費でかなりかかるな。でもオスカー・ニーマイヤーの「ニテロイ美術館」「ニーマイヤー美術館」「ブラジリア」、コルビュジエの「カルチェット邸」など、南米は建築の宝庫。僕は2回目になるが、面白い建築がごまんとある南米大陸に、Aカップの連中とチャレンジしてみたい!

「tawara」の後に小津流3本柱を実践している作品を2件見た。近くの「a.k.a.」は2月2日に閉店。もうひとつの主計町の「嗜季(しき)」は、茶屋街のえも言われぬ趣を持つ町家の゛食う間“。3月に現在の店の隣家で新しい「嗜季」が登場する。目の前の浅野川の流れや桜の花吹雪を酒肴にした宴は、さぞや床しき風情であろう!


木製ドアの「tawara」は瓦屋根が付いた欄干がある清流に面している


RC打放しのクールな壁面と落ち着いたテーブル


小津さんと僕はカウンターのコーナーに陣取った


あっという間に2卓はいっぱいになる人気


幅65cm天然木突板のカウンター。椅子とも抜群の相性を見せるテクスチュア


乾杯でインタビューがスタート


オーナーシェフの俵さんはフレンチXジャパニーズの手足れ


最初から驚かされた「蓮根のシチュー」


ナイフやフォークのほかに箸も添えられている


「蕪と鰤」は日本酒でもバッチリだろう


「平目+ベーコンの泡+蕪」は非常に上品な一品


「ランプ・ステーキ」は地元の根菜もうまかった!


「ゴルゴンゾーラ+りんごのフラン」の写真は酔って写真がぶれた


「嗜季」の2階から見た瓦屋根、桜並木、浅野川の素晴らしさ

"味惑の食う間"体験シリーズ―2/ハモニカ横丁エプロン:ハモニカきっての清潔旨味どころ/設計:塚本由晴+貝島桃代(アトリエ・ワン)

「味惑の食う間」体験シリーズの2回目が、またハモニカ横丁の店となると、読者は僕がすごくハモニカ贔屓と思うだろう。が実際はシリーズを始めたばかりで、いい「味惑の食う間」に出会わないのが実情だ。そのうち建築家やインテリア・デザイナーからお誘いがと鶴首している。
さて今回の「エプロン」は吉祥寺ハモニカ横丁きっての旨味どころとして知られている。それを設計した塚本さんは、ハモニカ横丁に登場した初めての建築家であろう。「何でまた塚本さんが」と聞くと、「ハーバード大学で教えている頃、向こうに行くと時間がかかり過ぎるので、東京スタジオをつくって学生をこっちに呼びました。学生には“マーケット・プレイス”という課題を出し、その一環として8〜9名の学生とハモニカ横丁のリサーチに来ました。」 路地内をうろうろしていると例の手塚社長が「君たち何してるの?」「マーケット・リサーチをしに来ました。」「それならモスクワの3階が高くて見晴らしがいいからいらっしゃい!」そこで名刺交換をすると後日電話があった。「おでん屋をつくるので手伝ってくれ!」というのが、塚本さんがこの設計をゲットした発端であった。
確か2012年12月頃に完成。その後おでんを日本酒でというカップリングが気に入って、僕は足繁く通うようになった。「エプロン」のちょっと先に同じ路地に面して「片口」という寿司屋がある。そこで働いていた中川さんという若者に店を持たせたいというのが、手塚社長の意図であった。そういう構図だったのかと改めて板前・中川さんの顔を見ると、やる気が顔面全体に溢れている!
建物は以前洋品店だった。アットホームな感じで、清潔・モダンな雰囲気が改修のテーマ。広さ20m2、間口2.6mの小空間ながら、立端(たっぱ)は4.5mもあるから2階もできる。そこで2階のベンチ席の客の頭が路地を通る人から見えると、客が入りやすくなるというのが手塚社長の戦略だ。塚本さんは木造サッシでフルハイトの窓を構成。1階はガラス戸以外は大きな1枚ガラスの引き上げ窓。夏にはこの窓をフルオープンにすると内外空間が一体となり、路地を行く人はほとんど店に吸い込まれてしまう。木造の高い“食う間”は、まさに外で飲んでいる気分でその開放感は素晴らしい。
塚本さんはこうしたことをオーストラリアで体験した。窓に拘るのは塚本さんの特徴で、彼は『Windowscape』(フィルムアート社)まで上梓している。メインのカウンターはサラの檜、背後の壁は杉、床はナラと木造尽くし。これじゃあウィスキー党をもって鳴る僕も、日本酒に走らざるを得ない!僕はいつも自分の好きな片口を中川さんに出してもらい、辛口冷酒のおろちを呑むのが定番だ。
料理もここは創作おでんで、これが絶品!例えばトマトがまるごとひとつのおでん。塚本さん「うめぇー!」で絶句!カキのおでんも「うまい!うまい!」の連発。その他、海老芋のネットリ感、ガンモの特別な中身、ガリのシメサバ巻き、カワハギの刺身に肝をつけるなどの名品に、僕たちは痺れ圧倒された。 塚本さんの“食う間”デザイン歴を聞いてみた。一つは銀座にカフェ・レストランをやったが今はクローズ。最近雑誌に発表した千葉の「恋する豚研究所」は、ハムやソーセージをつくるところだが豚しゃぶで「エプロン」並みの人気とか。また現在は住宅が6件も進行中。これは消費税8%対策の駆け込み需要のようだ。アトリエ・ワンは近年海外活動が盛んで、僕も2年前にニューヨークを歩いていたら、偶然彼の「BMWグッゲンハイム・ラボ」を見つけたことがある。その後はベルリンとムンバイ」でも同ラボを設計して国際的な活動に拍車をかけた。
体内の日本酒と血液のバランスが良くなってきた頃合いをみて、塚本さんの好きなアルコールを聞くと、「キュウリを浮かべたヘンドリックス・ハイボールかな。」ずいぶん洒落てるな!ヘンドリックスはスコッチの高級ジンで、キュウリを浮かべるのが通の飲み方。さすが国際派と思っていると、「その次はウィスキー・ハイボール、焼酎お湯割です。」と、やっと庶民的な返事がきて安心。この間、僕たちは冷酒おろちをグイグイやっていた。
脳内を大蛇(おろち)がかなり徘徊してきたところで、「アトリエ・ワン」のネーミングの出自を聞くと、彼のパートナーで奥様の貝島桃代さんの実家でウメという犬を飼っており、父君が“ウメ・ワン”と呼んでいた。このお父さんが面白い人で、塚本さんをツカ・ワン、お嬢さんをモモ・ワン、お母さんをオカ・ワン、自分をオト・ワンと呼ぶ。それでコンペに勝って事務所名をつけるとき、アトリエ・ワンが決まったそうだ。
この後僕の横にイカシタ外人が来た。聞けばロシア人。すかさず「カクバーシャ・ファミリア?( お名前は?)」と僕がロシア語を浴びせると、彼は仰天!日本語で「ロシア語素晴らしい発音!」とお世辞いっぱい。気分良くなってスリー・ショット!この後僕たち二人はモスクワへハシゴ。チリ・ワイン、洋風もつ煮込み、生ハムをオーダーしたら、塚本さんが煮込みを気に入って、うまいうまいであっという間に食べてしまった!そして斜め前にいた知り合いのセネガル人・ラトゥールを紹介すると、塚本さんはパリに1年留学してフランス語がうまくなってきた頃、西アフリカへ旅行しセネガルにも行ったという。彼とも仲良くなって、僕たちはなんともインターナショナルな一夜をハモニカ横丁で過ごしたのであった!乾杯!

後日談 インタビューしたのは11月15日だったが、食べた料理の写真を撮るのを忘れていたので、21日に撮影がてらにひとりでエプロンに飲みに行った。しばらくすると何と塚本さんが入ってきたのでビックリ!まったくの偶然。ドイツの友人と日本人の女性と3人で2階席へ。その後で奥様の貝島さんも来たので、僕も2階に行ってみんなで記念撮影をした。


路地に面した外観。右手の窓が上昇してオープンになる


入口側から見た内部。やる気満々の板前・中川さん


入口方向を見る。カウンターは檜、壁は杉板、床はナラ


2階席のベンチ背後が吹抜けで、座った人の後頭部が路地から見える


エプロンに吸い込まれる人たち


美味しそうな具材がおでん鍋にいっぱい!


塚本さんとまずは乾杯!


煮込んだトマトの上にとろろ昆布と、僕の好きな片口


ガリを〆ザバで巻いたガリ巻き


ロシア人アレックス・イメと3人で!


ニューヨークで見つけたアトリエ・ワン設計のBMWグッゲンハイム・ラボ


モスクワの洋風煮込みにガッツく塚本さん


後日偶然塚本さんに再会し2階席で。左端がモモ・ワン

"味惑の食う間"体験シリーズ―1/ハモニカ横丁ミタカ:アジア的賑わいの食う間/設計:原田真宏+原田麻魚(マウントフジ)

中央線の三鷹に「ハモニカ横丁ミタカ」ができた。面白いと聞いて、設計した建築家の原田真宏さんに案内してもらった。三鷹駅北口から1分。駅前大通りの最初の角を左に入ると、路地の先に1階が不夜城のごとく輝いているビルが見えた。パチンコ店の1階を改修したそうだ。
近づくと1階上部の外壁に縦型のストライプ・パターンがデザインされている。原田さんによれば、外壁ををはがしたらストライプが出てきたのでそのままにしたという。内部は大部屋のようなワンルームの広い空間に、種々の飲み屋のコーナーがある配置だ。ただし数カ所に、プラスターボードを軽量鉄骨で押さえただけの、仕上げなしの壁に囲まれたボックス・スタイルのお店が2〜3あった。
内部はアジア的賑わいの飲み所。広くオープンな空間構成なので、1ヶ所で飲んでいて2次会でどこに移ろうかと、空いている店を物色できるのが便利だ。2人で最初どこにしようかと迷った挙げ句、吉祥寺にもある焼鳥屋の「テッチャン」に座った。壁をバックに座ると店内が一望できて居心地満点!
最初は生ビール。原田さんがオススメの白レバー、皮をオーダー。僕がかしらと豚バラを追加。白レバーはさすがにうまかった。ビールの後は秋田の銘酒・刈穂。つまみの追加は煮卵、つくね、白菜の漬物。これらが刈穂にピッタリの相性で抜群。原田さんは若いからピッチが早い!

原田さんが担当したのは、1)外観デザインと内部の構成、2)4店舗のデザイン、3)ボックス店舗の挿入(ボックス内部は別のデザイナー)。経営者の手塚一郎氏から頼まれたのは、吉祥寺ハモニカ横丁のセカンド・バージョンをつくるのだが、闇市的な「計画的に計画されてない物をデザインする」ことが非常に難易度が高かったという。
そのため彼が考えたのは、アニメ「トムとジェリー」からヒントを得た表(トム)と裏(ジェリー)のコンセプト。闇市的な雰囲気を継承するために、ジェリーの裏的表現を援用。すべて仕上げなしとした。
ということは内部空間のそこかしこに、材料のテクスチュアがそのまま露わになっており、それこそ安く飲み美味しく食べたいという、われわれ庶民の”食う間”への期待を裏切らない雰囲気を醸していい感じ。因みに原田さんが今までに”食う間”をデザインしたのは、デリカテッセンが1件だけ。ユニークな住宅デザインで著名な原田さんは、最近商業施設や集合住宅とスケールの大きな仕事が増えて所員も増えたようだ。

テッチャンの店員はマスター、ネパール人のSuman(スマン)さん、やはり外人の女性スタッフの3人。僕たちは、すまんと言って写真をとってもらい、すまんと言ってお勘定をした。スマンは写真も達者!マスターは吉祥寺ハモニカでの僕を覚えていてくれた。さて2軒目はどこかと見回すと「モスクワ」が空いている。 モスクワでは原田さんお気に入りのチリ・ワイン、カルメネール。つまみは原田好みの羊のチーズ。僕がイベリコ豚の生ハムを追加。それで飲み出し始めると、原田さんは背中に目があるらしい。僕たちの後方の店に偶然来たハモニカの話題の経営者、手塚一郎さんを見つけた。以前に一度会ったことはあるが、再度名刺交換。
3人で飲み始めると手塚さん、「何かツマミ取ろう。豚足がイイ!」。僕は豚足が苦手。「蹄が見えないといいんですが」「大丈夫取ってあげるから!」。手塚さんは手早く身の部分を僕のお皿に。白いグニャグニャしたもの。勇気を出してワインで一気に飲み込む。原田さんは平気の平左。
僕は手塚さんに聞いてみた。「ハモニカ横丁のお店の店員を、なるべく外国人にするそうですね」「日本人が失った感性をアジアの人たちが蘇らせてくれるからね」。それでアジアの外国人が多いんだ。すでに僕はバングラデッシュ、パキスタン、中国、韓国、ロシア、ネパールの店員を知っている。確かに彼らは親しみ易くすぐ友達になれる。ハモニカのひとつの魅力であることは間違いない。
酔ったついでに未知だった手塚さん自身について伺った。手塚さんは宇都宮の中学校の頃テニスをしていて、東京オリンピックの聖火ランナーになった。大学はICUで演劇好きの青春を送ったようだ。寺山修司、唐十郎などは大好きで、ベケットの不条理劇「ゴドーを待ちながら」などはぞっこんだった。手塚さんは芸術肌の経営者だ。
この後手塚さんは、素早くタクシーで僕たちを誘拐して吉祥寺の新しい店、ワッフルへと連行した!そのビルは僕の旧友の建築家・故金子満さんが設計した「白耳義館」だった!金子さんはアルド・ロッシ、内田繁らとあの有名な「ホテル・イル・パラッツォ」を設計した建築家だ。僕は懐かしさでいっぱいだった。

手塚さんと別れた後、ふたりでハモニカ横丁へ。電車がなくなる前に原田さんとワインを1杯飲んで別れた。夜更けのハモニカは寂しげだったが、いろいろハプニングもあり、素晴らしい”味惑の食う間”を体験できた楽しい一夜だった!


不夜城のごとく輝く「ハモニカ横丁ミタカ」


原田さんが立っている左右にボックス形の飲み屋がある


内部は大部屋に各飲み屋がコーナーを出している


入口方向を見る。右手がテッチャン


テッチャンに座って乾杯!居心地最高です!


原田さんお勧めの白レバー。これはうまかった!


テッチャンのマスターとネパールのスマンさん


偶然来られた手塚さんと楽しげに話し込む原田さん


美人の女性客にも人気の混沌雑多のアジア的賑わいの空間


さあ3次会はこれから吉祥寺方面へ行くか!


ワッフルは瀟洒な店。バーテンはロシア美人のマリーナさん

連載にあたり

都市住民たる僕たちが、アフターワークで本当の自分に戻れる場所。己自身を癒し明日への活力を育む場所。そういった都市生活において、建築家やインテリア・デザイナーがデザインした居心地のよい空間を連載します。空間・飲食・人をテーマにした「魅惑の空間」ならぬ「味惑の食う間」体験シリーズです。(淵上)